
定期的に被害者のSNS投稿が炎上し、「ただすれ違っただけの人を晒している」などと一斉に非難されるのを見かけるのですが、投稿の仕方を考えないと、本当に逆効果にしかならないと思います。
私も決して偉そうなことは言えないのですが、理解を得られないどころか、反感を買い、反発を招くだけの発信を何万回繰り返しても、この被害が正しく認知されることはないでしょう。
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強引な決め付けと、安易な「創価」「工作員」認定が墓穴を掘る

Xを見ていても、今ではほとんど被害者の方の投稿が流れてこなくなった私のタイムラインですが、それでも何かの折に目にするのは、被害者の方が投稿した動画が炎上してしまったようなケースです。
炎上した投稿のスレッドを見ると、やはり被害者を厳しく叱ったり糾弾する内容ばかりで、集団ストーカー被害者以外の一般アカウントの人が共感したり理解を示すことは皆無です。
そうした非難に対して炎上の当事者が、相手を「工作員」や「創価信者」と雑に認定してやり返すという、よく見るやり取りが延々と続くのですが、そのやり取りを眺めながら、これでは一般の人に理解してもらうなんて到底無理だろうなと、なんとも言えない脱力感に襲われます。
一番理解してほしい相手、つまり「非被害者=一般の人たち」を敵に回して、何の為の周知活動なのでしょうか。
「周知活動」という名のもとに、世間一般からは迷惑行為にしか受け止められない過激な言動をすることで、結局は墓穴を掘っているだけだとしたら、それは果たして「周知活動」と呼べるのでしょうか?
そもそもこうした炎上騒ぎが繰り返されるのは、「無関係な通行人を盗撮してネットに晒した迷惑行為」にしか見えないことが原因です。
ではその「見え方」をどう工夫すれば「ああ、なるほど」とか、「そう言われると確かに変だよね」と思ってもらえるのかを考えずに、ただ自分の気持ちを吐き出すだけ、怒りをぶつけるだけ、後先考えずに晒すだけというのは、どう考えても賢明な周知活動ではないと思います。

私自身、理解を得られる投稿ができているのか?と言われれば決してできてはいないのですが‥
無関係な人をネットに晒していると批判を受けないための工夫は必要

前項と内容が被りますが、被害者側から見てその人物が「加害者に間違いない」と思えたとしても、一般の人から見たら、ただの無関係な人にしか見えないのは仕方ないことであり、むしろそれが自然な反応です。
なぜなら最初からそのように「設計」され、計算され尽くされているからに他なりません。当然ながら集団ストーカーとは無縁の一般の人は、ネットに晒している側を非難します。
だからこそ、そのような批判を受けない工夫をしなければ炎上するのは目に見えていて、むしろ加害側の思う壺です。
私自身、それが出来ているかと言えば、決してそんなことはないのですが、ネットで発信する上で、常に気を付けないといけないなとは思っています。
被害者が「これは加害(者)だ」と主張しても、世間はその通りには受け止めてはくれません。あくまでもそれは「証拠なき主観」でしかないため、逆に被害者の言動が非難の的になってしまいます。
そして、批判されると相手を「工作員」と決め付けて攻撃するような展開は、決して得策とは言えないと思います。反論したくなる気持ちはわかりますし、私も酷く罵倒された時は徹底して反撃することがあります。
ですが、ただ否定しただけの人を「創価信者」とか「工作員」などと根拠もなく決め付けてしまえば、世間の人達はどのような目で「集団ストーカー被害者」を見るでしょうか?
理解を得なければいけない人達を敵に回してしまっては、いつまで経っても世間一般からの理解が得られないのは自明でしょう。
特に画像や動画を投稿する際は、なぜその対象が加害者だと言えるのか、その背景や客観性のようなものが、ある程度は必要だと思います。容姿や服装だけで加害者だと決め付けてしまうのは悪手であり、一般の人からの理解や共感は得られないばかりか、実際に無関係な人を加害者と決め付けて晒してしまっている可能性だってあります。
私の団地内、または団地近隣の加害者のように、特定のパターン、特定のタイミングで繰り返し現れる場合は、確実に加害者だと断定できるのですが、「外出先で見かけた怪しい人物」は、100%加害者かどうかはわかりません。加害者かも知れないし、ただ私の目にはそう見えているだけで、実はまったく集団ストーカーとは無関係な人かも知れません。なので、そういう場合は断定は避けるようにしています。
一度、自分が被害者だと気付かされると、目に入る車や、すれ違う全ての人が加害者に見えてしまうように意識付けられてしまうのはよくご存知かと思います。その罠に陥ってしまわないように、「この人は本当に加害者なのか?」「服装や見た目だけで決め付けていないか?」などと自問自答したり、「加害者ではないかもしれない」と客観視する冷静さも必要だと思います。
辛辣な表現になってしまいますが、被害者同士という狭いコミュニティの中だけで盛り上がり、共感や拡散し合っているだけでは、根本的な解決は程遠いと思います。本当に共感してもらわないといけないのは、そのコミュニティの外側にいる人達なのですから。
とは言え、被害者同士で話をすることで、心が軽くなったり励まされたりすることはあるので、そうしたことを全て否定するつもりはありません。私も被害初期の頃は他の被害者の存在によって救われた一人です。ただ、そこで終わって満足してしまうと、その先には進めないということを言いたいのです。
こうして他の被害者の言動に水を差すような指摘をすると自分が返り血を浴びることになるため、できれば避けたいのですが、やはりこの「流れ」は止めないといけないと思うので、こうして苦言を呈することも必要だと思っています。
例え実際に被害に遭っている被害者であったとしても、結果的にこうした言動をしていることにならないでしょうか?


とは言え、私自身がそのような振る舞いをしていないか、常に気を付けなければいけないなと思っています。自分のことは案外見えていなかったりしますから・・・。
「炎上」と「バズる」は別物

被害者の人の投稿が炎上しているのに、「バズった」と肯定的に捉えている節も見受けられるのですが、そもそも「炎上」と「バズり」は別物ですよね。
炎上して非難の的になり、「統合失調症の人の妄想」という印象が広まってしまっているのに、「バズってよかった」「周知が進んだ」みたいにポジティブに受け止めるのは、ちょっと(というかかなり)“ポジティブすぎる”と思います。
むしろネガティブな印象が強固になっただけなので、決して喜ぶ場面ではないと思います。
↓この事件もそうでした。
こうした「炎上」が何度も繰り返されたところで、世間の人達からの理解が深まるとは到底思えません。むしろその逆です。
Xでの投稿のインプレッションが、たとえ100万とか1000万になったとしても、それは決して「共感や同意の数」ではないわけで、あえてここで言うまでのこともないと思います。
(インプレッション二桁の私が言っても説得力ないですが・・・😔)
「効果的な周知」と「逆効果(マイナス)の周知」
そもそも何のために「周知活動」をしているのかと言えば、集団ストーカーが実在し、本当に被害に遭っている人達がいることを世間に知ってもらうために他ならないはずです。

ところがこうした炎上騒動があるたびに、本来の目的とは裏腹に世間の人達からは否定され拒絶され、「ネットにはこの手の(精神的に病んでいる)人たちが大勢いる」という“逆周知”がされてしまうという皮肉な結果になるだけ。
そうした炎上を遠目に見ながら、これではいくら被害ツイートをしようとも、Xのトレンドに上がろうとも、集団ストーカーという嫌がらせ被害が世間に広く認知されることはないだろうなと、半ば諦めの気持ちというか、絶望感というか、何とも言えない虚しさや脱力感に襲われてしまいます。
こんな残酷な犯罪に加担している犯人たちはすぐ目の前にいて、今日も何食わぬ顔をして生きているのに、何もできない。世間の人たちも理解してくれない。

法律は加害者を守るために作られ、司法も行政も政治も集団ストーカーの存在を認めない。
それでも私は諦めたくない。と言うより、諦めるという選択肢が私の中には存在しない以上、自分がやるべきことをやり、進むべき道を進むしかないと思っています。
例え自分が生きている間に解決の糸口さえ掴めなかったとしても、「何も抵抗せずに終わる」のだけは絶対に嫌なのです。
同じ人物が同じタイミングや同じ状況で繰り返し現れる。
いくら日常や偶然を装っていても、同じ事象が10年も続けば、最早それを偶然とは言いません。偶然だと言うほうが無理があります。

私自身、反省点も多々ある中で、一般の人から見ても、さすがにこれはおかしいんじゃない?と思ってもらうためにどのようなアプローチや表現の仕方をすればいいのか、日々考え続けています。
どんなに絶望しても、私は諦めませんからね。



ありふれた日常や偶然を装い、ターゲットの視界や意識に強引に入り込み、絶え間なく不快にさせ、平穏な生活を奪う「闇のストーカー部隊」。
「壁のない刑務所」で密かに実行される精神的、身体的拷問によって、ターゲットが苦しめば苦しむほどサディスティックな快感を覚え、罰を与えることを楽しむ精神異常者たち。
証拠が残らないのをいいことに、地域ぐるみで寄って集って一人の人間をいたぶり死に追いやる。
そんな生き方しかできない人の道を外した加害者たちに言っておきますが、このまま何事もなかったことにして、被害者の妄想ということにして逃げ切れると思うの?
嘘は必ず暴かれる

逃げ得など絶対にさせませんからね。
おしまい!







