
先日の5月3日の記録を動画で公開しました。
またこのブログには所謂「トンデモ陰謀論」と唾棄され、嘲笑されるような内容も含まれます。そのような内容が馬鹿馬鹿しいと思う方は、今すぐこのブログから離脱することをお勧めします。どうかあなたの大切な時間を無駄にしないでください。
一部ショッキングな映像が含まれます。苦手な方は閲覧しない様お願いします。
障子に奇妙な光が当たっている?シーンがあります。撮影時は、障子が破れていて、部屋の中にいる人物が動いているのかと思ったのですが、他のシーンを見ると破れている様子がないのです。一体どういう事なのでしょう。
本当は静止画像を全部仕上げてから公開しようと思っていたのですが、それをしていると全然先に進めない為、中途半端ですが、このまま公開する事にしました。画像はまたストレージに保存する予定です。
尚、下の動画は私が公開した動画ですが、道路族被害の皆様には、多分ご理解、共感いただけるのではないかと思います。
この映像はベランダから撮影しているのですが、私の部屋の真下から聞こえてくる“音声”です。夏は窓を開ける為に、こうした音声がダイレクトに入って来ます。この中でゆっくりとくつろぐ事ができるでしょうか?
こうした音声をうるさいと感じることは異常なのでしょうか?
大人気ないことですか?文句ばかり言うクレーマーなのですか?
協調性に欠けた変わり者なのですか?
心の狭い人間なのですか?不寛容なのですか?
病気で寝ている人、夜勤明けの人、昼寝をしている赤ちゃんや受験勉強中の学生、部屋で仕事をしている人、一週間働き詰めで休日くらいのんびり静かに過ごしたい人の権利には、恐ろしく不寛容なこの社会が異常で病的だと私は思いますが・・・。
全ての生活音に対して文句を言っているのではありません。私だって他の人に迷惑をかけながら生きています。意図せず他の人を傷つけてしまう事もあります。怒りを買う事もあるでしょう。
ただ、物事には限度とか我慢の限界というものがあります。そして、そこに悪意が潜んでいる場合はどうでしょう?
騒音に対する苦言を呈すると、羨ましいからそういうことを言っているのだと勝手に思い込んで、何か優越感に浸っている人達に一言。
羨ましいから文句を言っていると勘違いされるのは、甚だ心外であり滑稽です。それは全く当たっていません。
また、道路族に迷惑している方々の多くも、あなた方の様に、“自分や取り巻きにだけ寛容すぎる人達”とは決して同じにはなりたくないと、心の底から思っているのではないでしょうか。
少なくともそれが嫌がらせの手段となっている事を知っている私は、例えどんな事があろうとも同じ人種にはなるまいと、心と胆に銘じています。
嫌がらせやプライバシーの窃盗が、趣味や仕事や日課や生き甲斐になってしまったら、人として終わりだと思います。
道路交通法 【自動車等を使用する者の努力義務】
第六十四条
自動車等を使用する者は、その自動車等を適正に整備し、及び適切に運転することにより、自動車等から発生する騒音及び振動を最小限度にとどめるよう努めなければならない。
— ·⋆enigma⋆· (@usausaland) July 21, 2019
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平穏生活権という概念それ自体は,人格権に基づく法律上保護される権利として確立されており,近時の裁判例においても,「平穏安全な生活を営むことは,人格的利益というべきであって,その侵害は,危惧感などの主観的かつ抽象的な形ではなく,騒音,振動,悪臭などによって生ずる生活妨害 (続 pic.twitter.com/5cV4u5wP2C— ·⋆enigma⋆· (@usausaland) July 31, 2021